会社沿革


大正15年 個人経営による海運業「三光兄弟商会」として、三重県志摩郡阿児町安乗(的矢湾、安乗岬)にて、貨物
輸送を創業する。
昭和6年4月 日本石油特約店堀田石油店よりのすすめにより創業者仲野三吾が、沿岸油槽船2隻を建造し液体物品
の運送を兼業する。
昭和22年 前年仲野三吾、満州より復員後、沿岸油槽船2隻をGHQの許可の下に建造し事業の拡大を図る。
昭和23年 7月3日従来の個人経営を解散して、新たに資本金100万円にて「東海タンカー株式会社」を設立する。
昭和24年 資本金を500万円に増資するとともに船腹を増強する。
昭和30年 本社を四日市から名古屋に移転する。運航海域を伊勢湾・三河湾・三重県沿岸とする。
昭和31年11月 営業目的を
  1. 液体物品の海上運送業および鉱油販売業
  2. 貨油槽業
  3. 1.2.に附帯する業務 に変更すると同時に、株式発行総数を120万株に変更する。
昭和32年〜45年 以降、船腹を増強し、支配船腹量約3,000重量トンとなる。
昭和49年 資本金を3,000万円に増資する。
昭和50年7月 創業以来の最大船型、木曽凪丸(1,600重量トン)を建造する。
昭和55年3月 仲野三吾著「一つの航跡」(事業の推移を含む自伝)を出版する。
昭和56年4月 創業50周年を迎える。
昭和57年 11月16日創業者仲野三吾急逝により長男である仲野光洋が、社長に就任する。
昭和58年10月 最大船型八葉丸(2,000重量トン)を建造する。
平成3年 創業60周年を迎える。
平成4年1月 智山丸(1,200重量トン)を建造する。
平成5年1月 伊勢凪(1,000重量トン)を建造する。
平成8年4月 仲野光洋の実弟 仲野光従が社長に就任する。
平成19年2月 朝凪(1,200重量トン)を建造する。
平成28年9月 智山(1,200重量トン)を建造する。智山丸は売船
現在に至る。 ☆      ☆      ☆

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